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スターリミルクと野本亀久雄教授

野本亀久雄教授プロフィール

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野本亀久雄九州大学名誉教授
スターリミルク(免疫ミルク)を日本に根付かせた立役者です。

●プロフィール
1961年、九州大学 医学部卒業
1977年、九州大学 医学部癌研免疫学部門教授就任
1983年、九州大学 体防御医学研究所所長就任
2000年、九州大学 定年退官 九州大学名誉教授就任
現在
日本臓器移植ネットワーク理事長
日本医療機能評価機構理事
ヒューマンサイエンス財団倫理審査委員長
免疫学の第一人者であり産官医学各界の重鎮

1980年代、野本亀久雄教授が主催した「日々黎明塾」では野本教授の教え子である第一線の医学、自然科学の学者たちと、厚生省、通産省をはじめとする幹部官僚、および日本を代表する医療、食品、エネルギー産業の企業のトップたちが集まり、最盛期には参加企業が200社を越え多くの人々が教えを乞いました。


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一流の研究者であり教育者

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スターリミルク(免疫ミルク)を日本で研究し始めた時期、野本亀久雄教授は九州大学の現役教授でしたが、すでに免疫学の第一人者として高名であり、各界に強い影響力を持っていました。

学者の高名度の物差しは「論文の数」と「その評価の高さ」と言われています。また、10年後20年後を見据えてなにをするべきかを判断し、研究するのが一流の学者と言われています。

そのどちらも野本亀久雄教授は超一流でした。

国際的に有名なネイチャーやサイエンスといった一流の雑誌に論文を発表し、その数は3000件以上。ノーベル賞の利根川教授や20世紀最大の発見(DNA構造の発見)をしたワトソン&クリックなど論文が多いと言われる研究者でも200件ほどですから、量の多さだけででも驚くべきものがあります。

野本亀久雄教授は門下生も多く、国立大・私立大に優秀な教授や研究者を多数排出したことから「教授の中の教授」と呼ばれています。


20~25年ほど前、世界中で自然科学、遺伝子工学などの急激な進化発展が起こっていました。

日本でも当時の通産省(現在の経済産業省)が文部省と一緒になり、食品メーカーや医薬品メーカーに働きかけ、『バイオインダストリー』分野を延ばす働きがありました。その中心となって活躍したのも、野本亀久雄教授と日々黎明塾です。



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野本教授が医学界に残した軌跡

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野本教授が各界に残した足跡はたくさんありますが、その中でも有名なものをいくつかご紹介します。


■丸山ワクチン問題
丸山ワクチンは今現在(2013.11月)でもガンのための医薬品としては認可の下りていません。

しかし、多くのガン患者が望んだ治療薬です。1981年に「有償治験薬」という耳慣れない形で厚生省より認可がおりて、現在も使用が続けられています。

「有償治験薬」という画期的な行政判断を引き出したのは他でもない野本教授の働きです。
当時丸山ワクチンを医薬品として認めることができないとする中央薬事審議会と、丸山ワクチンの投与を希望する多くの切実なガン患者の声との間で板挟みとなった厚生省が最後にその判断を託したのが野本教授であり、野本教授が責任を負う形で周囲を納得させ、現在では40万人以上のガン患者の使用実績があるそうです。

丸山ワクチンは、有効性の確認の為の研究を継続するため、治験期間3年で有償治験を行い、その結果によって、その都度、治験期間の延長の届出が行なわれている。丸山ワクチンによる治療を望む患者あるいはその家族は、丸山ワクチンの治験を引き受けてくれる医師を探し出し、治験承諾書(丸山ワクチンによる治験を引き受けるという担当医師の承諾書)およびSSM治験登録書(現在までの治療経過をまとめた書類)を整えさえすれば、丸山ワクチンの投与が受けられるという1972年以来の状況が続いている。 有償治験薬として、2011年12月末、丸山ワクチンの使用者は38万9000人を超えたとされる。ウィキペディアより



■MRSA院内感染問題
院内感染は現在でも大きな社会問題です。
疾病を治療する場であるべき病院が感染源となって入院患者に感染拡大をおこし、パニックを招いたのは、抗生物質に頼りすぎた近代医学と日本の医療行政の招いた弊害ともいえます。

MRSAとは「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌」のことで、メチシリンという抗生物質に薬剤耐性を持っている黄色ブドウ球菌です。黄色ブドウ球菌はもともと健康な人の体にも多く見られる菌ですが、薬剤耐性のものは薬剤の使用が多い病院内で多く見られ、入院患者さんに発症する院内感染の起炎菌とされています。

免疫力が低下した患者に感染すると、ほとんどの抗生物質が効かないため治療は困難です。特に、術後の創部感染、骨感染(骨髄炎)、感染性心内膜炎(IE)、臓器膿瘍は難治性化し、適切な治療を受けられないと後遺症ばかりか死亡の危険性も高まります。

院内で感染者が判明した場合、感染者の治療も重要ですが、感染を広げないことがなにより重要であり、標準予防策に基づく適切な感染管理が必須です。

1990年代、野本教授は厚生省の要請により、病院や医療機関における院内感染予防マニュアルをまとめ、医療現場への徹底した管理・指導体制を確立し、同時に医療従事者の意識改革にも取り組みました。

病気の治療の場である病院は、その一方では、多様な病原体(に感染した患者)が集まり、また薬剤耐性菌が多く生息しているという点で、感染症が発生しやすい危険な場所であるとも言える。また他の疾患や免疫抑制剤投与などにより、感染への抵抗力(免疫)が低下した人も多く存在し、なおかつ注射や手術などの医療行為には、体内に病原体が侵入するリスクが伴う。これらのことから、一般的な市中環境に比べて、病院内は感染症や伝染病の集団発生のリスクが高い。院内における感染は、病院外でおこる感染症とは、病原体も対策も異なる点が多いため、病院内で発生するこれらの感染を、とくに院内感染と呼び、医学分野でも市中感染と区別して扱うことが多い。ウィキペディアより


■臓器移植問題
野本教授が取り組んだ問題としては、国際的にも最も評価の高い仕事の一つです。

臓器移植法案が1994年に国会に提出されてから、1997年の法案可決まで足掛け4年の歳月を要しましたが、この間幾度となく廃案の危機に見舞われたこの法案の陰の立て役者が野本教授であり、現在も社)日本臓器移植ネットワークの理事長です。

臓器移植には常にドナーとなる臓器提供者の死亡判定という倫理的に難しい問題がつきまといます。日本は特に遺族の感情への配慮から合理的な判断が困難で、世論の理解が進みませんでした。

しかし、日本中に臓器提供を望む患者さんは増加する一方です。しかしながら移植を受けられずに死亡するケースも多く、日本国外へ移植を受けるために渡航する患者さんも後を絶ちません。

野本教授はその解決のため、日本全国で数百回に上る公聴会を座長として開催し、国民の脳死に対する理解と臓器移植の必要性を説きました。そして社団法人日本臓器移植ネットワークを主宰することにより、すべての患者に対して公平な提供システムの構築に腐心しました。

公益社団法人日本臓器移植ネットワーク http://www.jotnw.or.jp/

公益社団法人日本臓器移植ネットワーク(にほんぞうきいしょくねっとわーく)は、臓器移植の斡旋を行う公益法人で、同移植における日本唯一の斡旋機関である。日本臓器移植ネットワークは、臓器移植の斡旋を行う。臓器移植を受けようとする患者、すなわちレシピエントの登録を行う。臓器提供意思表示カードに臓器提供の意思を表示した患者および、家族が提供の意思を示した患者が、脳死が推定される場合において、日本臓器移植ネットワーク所属または委託の移植コーディネーターが、患者の家族に説明し、法的脳死判定と臓器提供の確認を行う。ウィキペディアより


■新薬開発
日本の製薬会社の大型新薬の開発における野本教授の存在は非常に大きいものです。

現在、日本を代表する製薬企業で野本教授と交流のなかったほどです。D製薬、T薬品工業、F薬品工業、Y製薬、T化学工業など、1990年代、その幹部が九州大学の野本研究室を日参していたのは業界では有名な話しです。

中でもK化学は野本教授の指導により、化学メーカーでありながらキノコ由来の物質から抗ガン剤を開発、年商600億円の大型新薬に成長し、化学会社が新薬開発という異業種へ参入する先駆けとなりました。

またD社が世界に名をとどろかせた合成抗菌剤T(年商2000億円)の開発も野本教授がいなければ、なし得なかったといわれています。同じく野本教授に指導をうけていた北陸の中堅化学会社であったT化学工業は、その開発した抗生剤の特許によって、世界のF製薬から数百億円の特許収入を得ていたといわれています。

何十年も前から予測されていた超高齢化社会

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医学が発展すれば、人々は昔のように簡単に死ぬことが少なくなる。
かといって病気が根治するわけではないので医療費が嵩み、ひいては国の財政が破たんしかねない危険な事態です。今現実に起こっているそんな状態を、野本亀久雄教授は何十年も前から予測していました。

では、どうすればいいのか。
野本亀久雄教授は医療や薬だけに頼らない「予防医学」の推進を提唱していました。

国民のひとりひとりが専門家(医師など)の手を借りずに、自分で自分の健康を管理することがなにより大切との考えから多くの健康食品を研究しました。


そんな時に大谷社長が野本亀久雄教授に持ちこんだのが、スターリミルク(免疫ミルク)です。

「これしかない! これに勝るものはない!」
免疫力が落ちている人は自分で抗体を作ること等できない。それならば牛の力を借りて取り込めばいい。
と、野本亀久雄教授は断言し、研究を進め多くの人や機関を動かし、スターリミルク(免疫ミルク)の日本での発売まで尽力したのです。


「健康というのはまったく病気にかからないということではない。
 病気と共存しつつも、生活し働ける体でいることだ」

野本亀久雄教授は高齢者も生き生きと生活できる社会の実現を主唱し続けています。



管理者コメント

野本亀久雄教授の基調講演を何度か拝聴したことがあります。
とても面白い話の進め方をする方です。聞いている人の興味を引き、よく考えさせる進行は、大学教授時代の名残でしょうか。

大学時代に野本亀久雄教授の講義を受けていたら、私も免疫学を学んだかもしれません。まあ、それができるほどの大学へ通ってはいませんでしたがw

やはり、時代を先読みする人はいるようでそのような人が人の上に立つ。知識も行動力もあるからこそ、どこでも重用されるのでしょうね。そんな人物になりたいものです。

野本先生のことを調べている途中で、日本臓器ネットワークのサイトを拝見し、登録をしました。
あまり人の役に立つような生き方はしこれませんでしたが、これで亡くなった時に人生で一番人様の役にたてるはずです。